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作品制作レポート

会期もいよいよ終盤の『奥能登国際芸術祭2023』。珠洲にはたくさんの人がお越しいただき、アートを楽しんでいます。作品制作レポートでは、さらに作品を楽しめるよう、作品準備の際のお話や作品への思いを紹介します。

奥村浩之「風と波」

2023年11月3日更新

今回お話を伺うのは、奥村浩之さん。大谷地区の鰐崎海岸にトルコの石灰岩(ライムストーン)で割り出した彫刻を展示します。作品タイトルは「風と波」。珠洲の海や風を硬い石を用いて表現した作品です。

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奥村浩之さんの作品「風と波」

メキシコの視点を持った作家として

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地元の方に作品について話す奥村さん

奥村さんは石川県の金沢で生まれ育ちました。金沢美術工芸大学で彫刻を専攻し、それからマヤなどの古代文明やラテン文化に惹かれ、現在はメキシコを拠点として活動しています。メキシコでの生活は34年になるそうです。日本人であることとメキシコに住んで得たものが作品に反映されています。

「メキシコでずっと作家活動をしていますが、金沢から近い珠洲のことは昔から知っていました。珠洲と言えば海。鰐崎の開けた海岸線が一番僕にとってとてもいい場所で、三本松と開けた海の空間に僕の彫刻が置けたらなと思って希望しました。作品のタイトルは「風と波」という非常にシンプルなタイトルなんですけど、この鰐崎とか珠洲の海などの自然をイメージしながら、石という硬い形でなんとか表現できないかなということで作りました。僕が今住んでいるメキシコは日本に比べて、ちょっといい加減ですごく自由な国です。作家としてメキシコに住むことは、自由に考えられる環境でとてもプラスになりました。34年メキシコに住んだ僕の集大成として何ができるか考えて、今回こういう作品になりました。」 

割れた石の表現をそのまま生かす奥村さんの作品づくり

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石に残った細い線は割るためにドリルを入れた跡

完成した作品は人間よりも背が高い大きな彫刻です。自然に負けないようできるだけ大きな石を希望し、片面で3m以上あるこの石を岐阜県から買い付けたそうです。

「作品に使ったのは、トルコの石で石灰岩で、ライムストーンとも呼ばれます。岐阜県にある関ヶ原石材という日本一大きな石材店で見つけました。鰐崎海岸に置くことを考えた時に、中途半端な大きさではどうしても自然に潰される。自然の方が強いのでできるだけ大きなものを出したいと思いました。元は大きな2つのブロックで、1つは18.5トン、もう1つが16.5トン。 合計35tの大きな石でした。鰐崎の海岸線の石や岩は黒っぽいので、芝生の中に白いものを置くと景色に良く映えて見えるかなと思ってこの石を選びました。遠くの方からこの白い石がこうニョキっと生えた感じで見える。思ったイメージの通りになりました。」

今回の作品はひとつの石を割って再構成するという「割戻し」という手法を用いて表現しています。バラバラに割った石を組み替えると元の立方体に戻ります。作品の細い線は、石を割った時の跡ですが、波のしぶきをイメージしてあえて付け加えた箇所もあるそうです。

「最初の試みは元の四角い形から石を割り出して表現を出すこと。石が割れたときにでる岩肌やそのカーブが僕にとって仕事をするきっかけになるんです。だから最初に割ったものから次どうするかを考えていきました。今回のこの石は非常に割れ方が面白い石で、作品の手助けをしてくれました。作品の中に細い線がいっぱい入ってるんですが、あれはドリルを入れてそこに楔(くさび)を入れて割ったときの跡です。最初に割ったときに自然のカーブが出て、これで面白いものが出来るなっていう、自分の確信を得ました。」

重さとの格闘。石を使った作品制作。

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作品の積み込みの様子

割った石は軽いもので1つ3トン。重いものだと6トンという非常に重く、作業場で実際に石を動かしてレイアウトを見ることができません。そこで、割った石を縮小した小さいマケット(模型)を作り、作品をイメージしました。

「マケットを使って大まかなイメージを進めました。だからほぼ頭の中で考えた仕事なんです。実際にここに持ってくるまで並べたことがないんです。初めてこの場所に置いて並べてみて、ちゃんと作品になったなぁっていう感じ。僕と石との相性がよかったということもあり、全然心配はありませんでした。8月の下旬に岐阜から10トン車3台で、割った石を鰐崎まで運んでいただきました。大きなクレーンを使って、石を宙づりにして配置しました。小さな人間たちが大きな石を運ぶのは大変でした。石というものは普段は地面にあるもの、要するに大地です。だから意思がないと立ちません。石は立つことで、象徴的な形として意味を持つんです。」

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設置作業の様子

3月から日本に滞在し制作を進めた奥村さん。日本でこれだけ大きな作品を作ることは、奥村さんにとってもはじめての試みでした。石材店の方や地元の土建屋さんなど、さまざまな人の協力のもと制作をしました。

「自分がどれだけイメージしたものにできるのかという不安はありました。でも、石材所の方や土建屋さんをはじめ、色々な方にお世話になって、作ることだけ考えればいいような環境で作業ができました。発見もいっぱいあったし、学生時代に戻ったような感じで作らせていただきました。これだけ大きいものなんで、僕がどうあがいたって駄目なんですよ。だから、そこの開き直りをちょっと持って、この石がよく見えるように、僕はちょっとサポートする程度の気分で作業しました。この後はこの自然がこの形作りを受け継いでやってくれる。ちょっとロマンチックな話なんですけど。」

珠洲の風と波によって、珠洲の土地になじんでいく

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外浦にある大谷地区は、瓦が5〜6年でだめになると言われるほど、厳しい環境なのだそうです。今回の作品も展示されてから、珠洲の波や風にさらされ、何十年、何百年という単位で形を変えていくことを期待しています。

「メキシコで学んだことは、自然と人間が共に生きるということ。この石に関しても、自分が全部形を作りきらないで、自然の美しい形と、自分の思いを少し添えながら形にできたらと思ってます。僕の手が入ったこともあるんですけど、ほとんど割れた時の石の表現をそのまま生かしています。石灰岩という石は石の中では柔らかな石なので、少しずつ珠洲の風と波に洗われて削られて、ここの環境に合ったものになってくるんじゃないかな。きっと何十年という単位なんでしょうけど。外に置いておくと、自然の中で揉まれながらずっと生き続ける。そんな生き物みたいな作品になればいいなと思っています。」 

奥村さんのメキシコで培った作風は、珠洲のおおらかな雰囲気となんだかよくマッチします。彫刻作品というとただ鑑賞するものだという固定概念がありますが、奥村さんはぜひ触ってほしいと語ります。

「自分が日本人だということと、メキシコに住んで自分の中で得たものと、ふたつの自分というものがあり、そういう両立的なものが僕の作品に反映されています。スペイン語で「エスポンターニヤ(espontáneo)」という言葉があります。自発性という意味なんですけど、自由気ままに自分をこう縛らないでオープンにするっていう、そういう感覚の言葉です。それが自分の仕事にとって、とても大事なことだと思っています。作品もただ見て鑑賞するだけではなく、ぜひ触ってほしいです。この作品を見て感じて、触りたいとか、隠れたいとか登りたい、洗濯を吊るしたいとか、そういう作品と人の交流っていうか交わりがあって、この形が何かのきっかけになるってことが僕にとって大事なことなんです。」

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お披露目会で作品に触れる地元の方々

奥村さんは今年で還暦を迎え節目の年となります。日本の金沢で育ったこと、メキシコで学んだこと、この素材に出会ったこと、この珠洲という場所に展示すること。全ての要素があって生まれた、ご自身にとってひとつの集大成のような作品だと言います。

鰐崎海岸に展示される奥村さんの作品は、日の当たり方によって表情を変えます。珠洲の海を見ながら、ぜひ見て触って、ゆっくりと堪能してください。

文:戸村華恵/写真:西海一紗(4.5枚目は作家提供写真)


文:戸村華恵 / 写真:西海一紗